寒暖差ケア美の物語

プロローグ

care me! care me!

ケア美が生まれてはじめて耳にしたのは、自身のことをケアするよう呼びかけてくる母の言葉だった。careに前置詞がついていないことをケア美は訝しく思ったが、母が口にしていたのは自分の名前だったので、前置詞の問題を気にする必要はなかったわけである。

ケア美が胎内にいる頃から、母は英語教材を爆音で部屋に響かせていたので、それがスピードラーニング的な速習効果を発揮し、ケア美には生まれつき英検3級ないしは準2級相当の英語力が備わっていた。いや、それが胎内におけるスピードラーニングを通じて培われた能力であることを考えると、むしろ英検よりもTOEICの方が相対的に高い点数を取れていたかもしれない。

ともあれ、ケア美は生まれてこの方、他人のことをケアせずにはいられない性分が身についてしまった。それは主に寒暖差をめぐるケアであり、それはとりわけ寒暖差の著しい3月の中頃にケア美が生まれたこととも関係している。気温の高低が人間の身体と精神にいかなる影響を及ぼすのか、偶発的な寒暖差がいかにその日の行動を左右し、その後の身の振り方をいかに決定づけるか――言うなればケア美は、人間の寒暖差に対する脆さを、生まれながらに熟知していたのである。

けれども人間の偉大さは、そうした寒暖差に対して徹底したケアをなしうる点にある。ケア美は、創意と工夫によって寒暖差をケアする人間の営為を、このうえなく崇高なものとして考えていた。そうであるから、ケア美が寝返りを打ちはじめて間もない頃からすでに、黄緑色した宇宙人の人形にさえ自身の毛布をかけていたとしても、驚くにはあたらないのである。

ところが、ケア美は3歳の時分にはじめて、そのケア人生における決定的な挫折を味わうことになる。彼女の入園した「エバーグリーン幼稚園」は、園内がすべてドームで覆われ、年中快適な温度と湿度が保たれていたのだ――

本編

第1章 エバーグリーン幼稚園編

第1話

第2話

第3話

第4話