寒暖差ケア美の物語

第3話

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入園式での挫折経験は、けれどもケア美の心を打ち砕くには至らなかった。挫折を通じて、ケア美は美しい“v”の発音を手に入れたのだ。悔しくて唇を噛むたび、おのずと漏れ出てくる“victory”の言葉は、いつもケア美の心を勇気づけた。

とはいえ、一人でエバーグリーン園長に立ち向かうのは不可能だった。エバーグリーン園長の傍らには、観念としての麒麟が存在しているのだ。園長にとっての麒麟的存在を、ケア美も見つける必要があった。

ケア美がYouTubeやオウンドメディアを通じて、幼稚園の歪みを世に知らしめようとしていた背景には、そのように仲間を募る思いがあったのである。美しい“victory”の発音は手に入れた。巨大な壁に立ち向かうための努力も怠っていない。あとは友情さえあれば、ケア美はジャンプ主人公としての資質を満たすことになるだろう。

ところが、仲間はなかなか見つからなかった。YouTubeのコメント欄には心ない言葉が並んだ。

――麒麟すご

――俺も観念として存在したいわ、人生疲れた

――イデア界とか上級国民じゃん

――Gott ist tot! Gott ist tot!

もちろん、これら言葉にケア美の決意が揺らぐことはなかった。英才教育の一環として、掲示板のレスバで毎日10勝をあげることを義務づけられていたケア美にとって、匿名の人間からの中傷を受け流すことなど朝飯前だったのだ。

それでも、一向に自らに賛同する者が現れないことは、自然とケア美をネガティブにしていった。ケア美は自宅のプールに備え付けられた10mの飛び込み台に上り、「いっそここから落ちて、前宙返り4回転半抱え型を決めてしまおうか」と考えていた。

しかし、着水に成功する自信がなかった。回転の速度が上がるほど、適切な入水角度を保つことは困難になる。静と動という相反する要素を、自分のなかで統一させなければならない――そう考えた瞬間、ケア美の頭に雷のような衝撃が走った。

ケア美が意識を取り戻したのはそれから3日後のことだった。開いた目に映っていたのは、引退後のマラドーナに似たオッサンだった。

“Welcome back to UNDERGROUND.”

そう言って、マラドーナ似のオッサンはケア美に投げキスをした。

「あなたはなぜ、マラドーナに似ているの?」

オッサンはやれやれ、という顔をして首を横に振り、流暢に「旅の途中だから」と答えた。

「何かを探しているのね?」ケア美の問いに、オッサンは先と同じジェスチャーをして、「タコ・ベル」と返す。

「東京ドームにあったはずだわ。行ってみましょう」

そう言ってケア美はベッドから起き上がる。と、オッサンが縮んで缶ビールくらいのサイズになり、同時に肩からウィングガンダム・ゼロカスタムみたいな羽を生やした。

「あなた、天使だったのね」

かくしてケア美のタコ・ベルをめぐる旅が始まった。

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